即身仏を「うらやましい」と思った、その1週間後。

朝晩がひんやりして、温かい飲み物がホッとするようになってきましたね。
味方の学校のカンカンです。

前回の丸池様に続き、今回も山形の話です。

9月に山形県酒田市の海向寺で、即身仏を拝ませていただきました。
(即身仏:江戸時代初期以降、飢饉や病に苦しむ人々を救うため、自らの体を捧げて仏になられた方。一度決めたら投げ出すことは許されず、修行に耐え抜いた者だけがなることができました)

その修行が、想像をはるかに超えています。

・木食修行:山にこもり、1000~5000日ものあいだ、くるみ、はしばみ、こうの実、そばがきなど木の実や山草を少量口にして命を繋ぎ、五穀断ち、十穀断ち、米や麦などの穀物を食べず、命の限界まで続ける。
・土中入定:命の限界が近づいたと悟ると、地下深さ3mの石室を築き、木製の棺に生きたまま入る。断食をしながら、鈴を鳴らしてお経を読み続ける。その音が止まり、3年3ヶ月後に掘り起こされる。

58歳で土中入定なさった忠海上人と、55歳で土中入定なさった円明海上人。
手を合わせながら、こみ上げてきたのは「すごい」…だけではなく、「うらやましい」でした。

限りある命を誰かを救うために使い切る、と決められる。
迷いなく、自分のすべてを注げる。

私に、そういう「命の使いみち」があるのだろうか。

ないに等しい・・・😭
 

海向寺の写真

 
そんなことを、しみじみ考えながら山形から帰ってきた1週間後、風邪をひきました。
ご飯がまったく喉を通らない日々。

意図せず始まった、木食修行ならぬちょっとした断食でした。
即身仏になる木食修行を「うらやましい」と思っていたはずが、
その時の私は、しんどいなぁ、どうしよう、仕事あるのに・・・と
人々のためどころか、「早く治れ~」「治らないと困る~」とそんな思いだらけ(~_~;)

風邪をひいたおかげで思ったことは、上人たちも苦しい時があったはず。
それでも続けられたのは、我慢強さというより、自分の苦しみよりも大きな「誰かのために」という思いを持っていらしたからなのではないかと。

そして、コーチングで「それは何のために?」と何度も聞くのは、ここに理由があるのだよねと。
苦しいときに自分を支えてくれるのは、気合と根性よりも「何のために」のほう。

改めて、私も自分の行動の「何のために」という目的を今まで以上に意識していこうと思ったのでした。

では、季節の変わり目ですので体調に気をつけてくださいね。
命を何かに使うにしても、まずはご飯をおいしく食べられる体が大切ですので。

 
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インストラクター
中村 暁子(なかむら あきこ)
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